代表の虎澤です。

なぜ私が西目屋村で薪づくりをしているのかについてお話しするシリーズ3回目です。
前回は西目屋村が薪というかたちでバイオマスエネルギーの活用を進めていく決断をし、実際に薪ボイラーを導入に至ったところまでお話ししました。

2017年4月から村の温泉宿泊施設「グリーンパークもりのいずみ」で薪ボイラーを動かし始めることになり、その1年ほど前からいろいろと準備が始まったのですが、肝心の薪づくりを誰がやるのか?ということになりました。

実際に薪づくりに協力してくれる村の人たちは目ぼしが付いていました。しかしそれをまとめて管理して、お金のやりくりをする、つまり事業としてそれをやる主体が必要だったのです。


実証事業中の薪づくりの様子
(薪ボイラーではスギで長めの薪を作ります)

林業や木材加工などの関連企業があれば親和性もありふさわしいのですが、残念ながら村内にはそういう会社はもうなくなってしまっていました。我こそはと手を挙げてくれる企業や団体もなく、どうしたらよいか…。

そのような状況のなかで名乗りをあげた男がいました。私です(笑)

私は当時は、いちコンサルタントとして事業の計画づくりに関わっていました。通常であれば計画を作って道筋を立てて、実際にやる段階になったら「あとは頑張って!」となるのがよくあるパターンです(※そうでないコンサルさんもたくさんいます!)。でも私はそれが嫌でした。実際に事業をやらなければ、コンサルとしても説得力がないだろう、と常々思っていたので、どこかでチャンスがあれば実際に事業に関わりたいと思っていました。西目屋村はそこで巡ってきた千載一遇のチャンスでした。

なによりも自分が西目屋村をとても気に入っていました。美しい自然環境もそうですが、「人」がよかったんだと思います。まだ西目屋村に関わり始めたばかりのとき、村のみなさんと会議でバイオマスエネルギー事業とはなんぞやという話しをした後の懇親会で、最後に全員が立ち上がって「この事業は村のためになる事業だからがんばってやるべ!」と一致団結して気勢を上げたとき、いたく感動したことを今でも覚えています。それから村役場の担当の方も、とても情熱家でいつも暖かく迎えてくれて、「ここならできるんじゃないか」と感じていました。

かくして「自分がやりたいです!」と村に懇願し、幾度と説明にいき、最終的には村役場と村の企業と私の所属会社の合弁で会社を設立することになりました。それが今のメヤマキ=西目屋薪エネルギー株式会社です。

それにしても自分が住んでいる東京からは遠いし、雪国出身でもないのでめちゃくちゃ降る雪は正直怖かったし、ネイティブの津軽弁は外国語並に聞き取れないし…初めて事業をやるのに最適な場所とは言えなかったと思います。それでも「なんとかなるんじゃないか」「なんとかしないといけない」という楽観と責任感みたいな想いでスタートさせました。

それから現在にいたるまでのことは、また今度。


会社設立直後に地元紙の取材を受ける